「イタリアの小さなパリ」パルマを歩いてみる

「イタリアの小さなパリ」パルマを歩いてみる

イタリア人にピッコラ・パリージ(Piccola Parigi)と呼ばれるパルマ。訳すと「小さなパリ」。パルマは1545年から1859年まで、ファルネーゼ公爵の統治するパルマ・ピアチェンツァ・グアスタッラ公国の一部であった。その間に、オーストリアのハプスブルグ家からナポレオンに嫁いだマリア・ルイーザが1816年から1847年に亡くなるまで公国を一時的に治めていた時期があった。マリア・ルイーザは市民に愛され、住んでいたパルマ郊外コロルノの宮殿(上の写真)は、彼女の大好きな黄色に塗られ、その黄色のトーンはマリア・ルイーザの黄色と呼ばれる。現在でもパルマでは、建物の色を変える際にマリア・ルイーザの黄色を選ぶ人は多い。
フランス皇后であった彼女は、町にフランス的なものを取り入れ、小さな小路もパリのそれに似ていると言われるほど。旧市街を歩くと黄色の建物が多かったり、他のイタリアの街とは一風違った雰囲気があったりするのを感じられるだろう。

パルマのスミレ「ヴィオレッタ・ディ・パルマ」の香水「ボルサーリ(Borsari)」

パルマのスミレ「ヴィオレッタ・ディ・パルマ」の香水「ボルサーリ(Borsari)」

マリア・ルイーザは、パルマに来る前から、パルマのスミレである「ヴィオレッタ・ディ・パルマ(Vioretta di Parma)」を愛し、庭に植えて育てていた。女公となったマリア・ルイーザに、パルマのアンヌンチャータ修道院の修道士が作り出したのが、香水「ヴィオレッタ・ディ・パルマ」だ。修道士ルドゥヴィコ・ボルサーリ(Ludovico Borsari)が市民に向けて販売を始めた店が現在でも健在し、1870年代の開店当時からショーウインドウは変わらない。ちょっとさびれた中にもエレガントさが残る。

パルマ郵便局「パラッツォ・デッレ・ポステ(Palazzon Delle Poste)」

パルマ郵便局「パラッツォ・デッレ・ポステ(Palazzon Delle Poste)」

時代をさかのぼる。レージョ劇場を背にして歩くと、左手に大きな建物がある。これがパルマ郵便局。この場所は1600年から1700年代、公爵の劇場だった。1800年代に現在のレージョ劇場が建設されたため取り壊され、1905年から4年間かけて劇場のあった場所にパルマ最初の大きな郵便局が建築された。内部はその当時と変わらない。窓口は鉄でアールヌーボー。天井はガラス張りで、フレスコ画もおしゃれ。入る時間によって変わる光の遊びが絶妙だ。

グラン・カッフェ・カヴール(Gran Caffe’ Cavour)

グラン・カッフェ・カヴール(Gran Caffe’ Cavour)

郵便局同様に1600年代に公爵の劇場だった場所。そこが一つの劇場だったと言うから、その大きさに驚かされる。カッフェから郵便局まで実際に歩いてみると、距離がある。劇場が取り壊された後は、公爵の個人アパートとして使用されたが、1861年イタリアが統一されたのと同時に国有となった。第二次世界大戦で被害を受けたものの、現在カッフェのある部分は焼け残った。内装は郵便局同様にリバティースタイル。ムラーノグラスのシャンデリアも豪華で、優雅な気分になれるカッフェだ。
1600年代から戦後まで、建物に垣間見る古きパルマを散策するのもおもしろい。そんなことをグラン・カッフェ・カヴールで、カッフェを飲みながら想像してみるのはいかが?

パルマ郵便局(PALAZZO DELLE POSTE)
住所 Via Pisacane,1(PR)
TEL0521 206223
営業時間月・火・金曜8:20〜13:35、水・土曜8:20〜19:05
休日木・日曜
グラン・カッフェ・カヴール(GRAN CAFFE’ CAVOUR)
住所 Strada Cavour,30 (PR)
TEL0521 222412
営業時間19:00〜21:00
休日なし

西村 明美

初めて食べたプロシュット・ディ・パルマとパルミジャーノ・レッジャーノチーズに魅される。2003年には好きだったワインを勉強し、AISイタリアソムリエ協会のソムリエの資格を取る。その後、サルメリア研修をし、パルマの食を勉強。各種コーディネート、通訳、翻訳など活動中。

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