小さくてもきっとアオスタに根を張って生きていく

小さくてもきっとアオスタに根を張って生きていく

フランスから巡り巡ってアオスタのこの畑に辿り着いたという若者ファビエン。その畑は小さくても秋の日差しの下で土も緑も周囲の環境と最高の調和がとれています。そこに腰を下ろして彼とお喋りしていると、ブドウの蔓が這うアーチの下を息子を抱いて上ってくる奥さんのステファニアの姿が見えてきました。今回は厳しい自然環境の中でもじっくりとそして詩的に暮らす若い夫婦のワイナリーを訪ねます。

『小さくて存在しないもの』それが彼らのワイナリー

『小さくて存在しないもの』それが彼らのワイナリー

フランス生まれの夫ファビエン・ボンネ(Fabien Bonnet)とミラノ出身の妻ステファニア・ガリンベルティ(Stefania Galimberti)。ワイン作りを志し醸造学を学んだ二人がアオスタ市郊外に開いたワイナリーの名はフランス語の「Les Petits Riens(レ・プティ・レアン)」。『小さくて存在しないもの』の意味で、しかもフランス語の心得のある方ならお気づきでしょう。文法上あってはならない複数形なのは、彼らによる造語だからです。
シャルドネ、エルバルーチェ、コルナレン、ペティ・ルージュ、ガメイ、ペティ・ヴェルト、ピノ・ノワール、シャルドネ・フランク、シラーなどなど土着品種からフランス品種まで15種類に及ぶ品種を栽培。自分たちに最も適した品種を求めて試行錯誤を繰り返しています。栽培面積わずか9ヘクタール。生産ワイン本数5,000本。小さな畑で多品種を栽培するからどれもわずかな生産本数しかできない。だから小さな存在しないようなワインも複数形になるわけ。フランス人っぽいウィットの利いた可愛いこの名もフランス国境沿いのアオスタだからこそありなのです。

ワイン作りにかけては夫婦であっても……

ワイン作りにかけては夫婦であっても……

ファビエンが畑の土を手で掘って見せてくれました。
「アオスタ市近辺の土壌はモレニカ(氷堆積)で砂質。泥炭はほとんど含んでない。知っているかい? アオスタ地域全体では降水量は結構あってもアオスタ市はイタリアで4番目に降水量の少ない町なんだ、だから畑の土を干ばつから守る必要がある。畑は軽く耕起すると豆類を植える。丈が伸びたら刈り、そのまま放置して雑草対策としてマルチシート代わりに利用する。ブドウを選定しても、その蔓も同じように利用する。だからほら、ちょっと表面を掻いてやれば土は湿っているだろう? 日本の福岡正信の農法も取り入れて役立てているよ。」
シャルドネとエルバルーチェによる白ワインはしっかりとした主張をもちながらもフレッシュ。その名も『月の小さなひとかけ(Petit bout de lune)』。シラーとサボワの土着品種モンドゥーズによる赤ワイン名は『ここ、そして今(Ici et maintenant)』50%を小樽で24ヶ月間熟成し、重厚なストラクチャーを得つつ、心地良いフルーティーさも残した逸品。その他にも『森のエッセンス』、『炎の脇で』とかドレミ音階の『シ』なんて、耳にしただけでどんな風味がボトルから飛び出してくるか想像を膨らませてしまうタイトルのワインを9種類も生産しています。ブドウの成長に合わせてミックスするか、単一の品種にするか、そんなことを夫婦でとことん楽しく意見を戦わせて決めていく。だから、彼らのワインはどれを口にしても楽しい味わいがあります。

そこアオスタに彼らの根は下ろされているような

そこアオスタに彼らの根は下ろされているような

2つあったセメントタンクのうち一つは今も使用し、もう一つは解体して熟成庫を作ったという、これまた小さな醸造所に案内してくれたステファニアとファビエン。確かに他ではあり得ないどんな小さな空間でも、ボトルの貯蔵や小樽置き場として利用されていました。そして、卵型のアンフォラ。土から生まれたワインという液体を再び母なる大地で休ませてあげるような感覚があって、主にこれを熟成に使用しているとステファニアが言います。大都会ミラノで生まれ育った女性なのに、筋骨たくましく好ましい土の匂いがする彼女に、どうして醸造家になろうと思ったのか尋ねました。
「小さい頃からずっと絵描きになろうと思っていたの。それがある朝突然、目が覚めたら、嗚呼、違う! 私はワイン作らなきゃと気がつき、ブレラ美術学校に行くはずが、ミラノ大学の醸造科に入学していた。考えてみれば父も母も週末には私を連れて山に登っていたの。二人ともミラノって町が好きじゃなかった。だから私がワイン作りを選んだのは自然なことだったとのよ。」

「僕たちは、このアオスタという土地にまだ根を下ろせていない。住んでいる家も、畑も、醸造所もみんなレンタルなんだ。わかるかい? もし明日、大家がここから出て行けと言ってきたら僕たちはここを離れなきゃならない。これが僕たちにとって一番の重要課題だ。」 このことに話が及ぶと生き生きとしていた二人の眼差しもちょっぴり曇りがち。 でも、ステファニアがその両手にしっかり抱いた生後6か月のマティスを見るにつけ、6歳と3歳になる娘二人の話を耳にするたびに、思うのです。 この二人はいつか必ず自分たちがお気に入りの、このアオスタの土地を手に入れ、次の世代に残すのだろうと。 今のところは、自分たちのと言える土地はないかもしれないけれど、素晴らしいワインとそして子供という大切な人生の原動力を手にしたのだから、それだけは間違いない、そう思いました。
Azienda Agricola LES PETITS RIENS
住所Regione Chabloz 18/a, 11100 AOSTA
電話+39 0165 217745
HPhttp://www.vinlespetitsriens.com

岩崎 幹子

飾らない人たちこそ本当に素晴らしいものや味をその指先から生み出していく。見ているだけでワクワクするし、元気が出る。イタリアならではの人という宝を追い続けて20年。日本の皆さんと一緒に彼らを見つめ、作ったものに触れ、そして味わってもらいたい。そんな思いで楽しく水先案内人を務められたら思います。