ピエモンテ州ビエッラの酪農生活は時空も越える

ピエモンテ州ビエッラの酪農生活は時空も越える

この世に『どこでもドア』なんて確かに存在しないのかも。それでもふっと時空を越えてたどりついたかに思える空間が、まだまだ世界のあちこちにはちらばっているものです。
ピエモンテ州の緑豊かな森の片隅には昔ながらに家畜と暮らす人たちがいて、現代の価値観を超越したところで日々の生活を営んでいる。そんな人々の野太さを追えば、自信をもって今を生きる人のパワーを感じ、明日への元気が生まれます。

世界に名高い高級ウールの町で昔ながらに牛と暮らすマルガリたち

世界に名高い高級ウールの町で昔ながらに牛と暮らすマルガリたち

夜明けのずっと前からベッドを抜けだし、牛舎に入って清掃、餌やりから乳しぼりまで、朝の日課を終えて朝の食卓に着くころやっと日の出をみる。そんな生活を当たり前のこととして365日働き続け、バカンスなんて考えたこともない。地域の人たちから親しみを込めて「マルガリ(又はマルガーリ:Margari)」と呼ばれる酪農家たちが暮らすこのビエッラ地域も、間違いなく現代稀有な空間の一つでしょう。ビエッラといえば世界に名高いウール生産の町。最先端技術と長年の経験で世界最高級のウールを生産する人たちのまさにその隣でマルガリたちは昔ながらの酪農を営み、町の生活者たちとも絶妙の調和を保ちつつ、しっかり地に足をつけて暮らしています。

ハイジ? いえいえ、私たちのアイドルは野太いマルガリたち

ハイジ? いえいえ、私たちのアイドルは野太いマルガリたち

例えば友人のオルガ。夏の間山里を離れてペーターくんのごとく小さな放牧小屋に登り、たった一人で10頭ほどの牛を飼いながら暮らす彼女もマルガリの一人。彼女のバター作りの現場に入り、ちょっとつまんで口に含んだバター。シュワーと溶けて舌の上ではかなく消え、ベタベタせず、ミルクの深い味わいだけが舌にいつまでも残っている。今年のバターは特にうまいと褒めるとたくましい声で彼女はこう答えます。「当ったりまえさ! 去年の山火事があったのは覚えてんだろ? それで今年は草が生えねーで困ったと思ってたんだが、どんな草より先にプリーシュ(地域の方言で野生のタイムのこと)が生えてきたんだぁ。牛がそればかり食うだろう。そんで乳がうめーくなる、バターもうめーくなるんさ!」
早朝、前の晩に搾っておいた乳に浮いてきた脂肪だけをカッスーラという木杓子ですくい、木製の撹拌機に入れるとトコトコ回して固形と水分から分離させ、最後に手でこねてバターの出来上がり! 低温殺菌もしていなければ、防腐剤も使わない。マルガリたちのモノづくりに触れると『これまで食べてきたバターやチーズは一体何だったのだ?』の問いにはじまり、遂には自分の人生のあり方まで少し問いただしてみたくなる。そんな妙な気分に駆り立てられる人も少なくないそうです。

ビエッラ地域にはオルガのような酪農家「マルガリ」たちがまだまだいる

ビエッラ地域にはオルガのような酪農家「マルガリ」たちがまだまだいる

チーズ用の乳を温める大きな銅鍋をかき回す低い音は『ごろんごろん』。オルガのようにバター作りの撹拌機を回す音なら『トコトコ』。独特のリズムに誘われ、暖炉から立ち上った煙が工房の暗がりに差し込む陽の光の下で舞う。大きな石を敷きつめた床、石造りのざらっとした水槽に凍てつくほど冷たい山水がたたきつける。バターのおこぼれをねらって物欲しげに戸口に現れる牧畜犬。こんな光景があちこちのアルペッジョと呼ばれる放牧小屋で日々垣間見ることができます。
ビエッラのなだらかな山々にみるマルガリの暮らしに向ける視線は、まず土の上に落とされ、次いで草、緑、水、牛舎、家畜、乳、さらには食肉までに形を変え、どんどん周囲の人の暮らしにも食い込んでいく。ビエッラの人々の暮らしとマルガリの酪農生活はしっかり結びついてきれいに共存する。そんな空間に身をおいてみればちょっと別世界に来てしまった気がするものです。

岩崎 幹子

飾らない人たちこそ本当に素晴らしいものや味をその指先から生み出していく。見ているだけでワクワクするし、元気が出る。イタリアならではの人という宝を追い続けて20年。日本の皆さんと一緒に彼らを見つめ、作ったものに触れ、そして味わってもらいたい。そんな思いで楽しく水先案内人を務められたら思います。

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