パンに一生をかけたパン職人 ミスター黒パン・リッツォさん

パンに一生をかけたパン職人 ミスター黒パン・リッツォさん

パレルモの西100kmのところにあるシチリア最西端の町・トラーパニ。そこから約50km南下した小高い丘の上にあるカステルヴェトラーノには、古代小麦を使って作る黒パン「パーネ・ネーロ(Pane Nero)」の伝統が根付いています。そしてこの町で50年以上黒パンを作り続けるパン職人リッツォ(Rizoo)さんは、現在の古代小麦ブームが来る前から古代小麦の重要性をとなえ、パーネ・ネーロを作り続けてきた、まさに「ミスター黒パン」なのです!

消えかけた黒パン

消えかけた黒パン

パーネ・ネーロは、古代小麦の全粒粉を使って作ります。だから見た目は普通のパンと比べてかなり黒く、日本でいえば「玄米」のようなイメージ。戦後、日本で「白米」がおいしいとされてきたように、ここシチリアでも「白パン」が主流となりました(シチリアは硬質小麦の大生産地ゆえに、パンにも硬質小麦を使います。なので、実際には白ではなくちょっと黄色がかった色です)。
「栄養価の高い古代小麦を使っていても、パーネ・ネーロは貧乏なイメージがつきまとって、一時は作っても全く売れなかったんだよね」と、パンを焼く際の薪窯の燃料として使うオリーヴの木の前で語ってくれたリッツォさん。

スローフード協会の「味の箱舟」プロジェクト

スローフード協会の「味の箱舟」プロジェクト

1997年、スローフード協会が絶滅危惧の伝統食材の保存を目的として、ノアの箱舟ならぬ「味の箱舟プロジェクト」を立ち上げました。伝統食材の生産者は小規模生産者が多く、まだインターネットも発達していない時代は発信する術もなかったため、収入が減り廃業せざるをえない農家も多く出てきました。
しかし、それでは伝統食材がなくなっていってしまう……と危惧したスローフード協会が、そんな困難に立ち向かっている食材を「プレシディオ食材」と認定し、金銭的に援助をするのではなく、その食材の付加価値をどのようにして消費者に伝えるか、また商品化して販売していくかという点で小規模生産者をリードしていき、伝統食材の保存を試みたのです。

ミスター黒パン・リッツォさんの尽力で復活したパーネ・ネーロ

ミスター黒パン・リッツォさんの尽力で復活したパーネ・ネーロ

「プレシディオ食材」と認定された、カステルヴェトラーノのパーネ・ネーロ。当時、パーネ・ネーロを作っているパン屋さんが少なくなっている中、パーネ・ネーロの復活に大きく貢献したのが、「パニフィーチョ リッツォ」の2代目オーナーのリッツォさんでした。
「品種改良された小麦が主流になってしまったから、小麦アレルギーの人がこんなに増えてきてしまったんだよ。僕の作るパンで、皆が健康になってほしい。」
皆の健康を願いつつ、どんなに売れないときでもパーネ・ネーロを作り続けてきたというリッツォさん。現在、彼がパーネ・ネーロ作りで使っている自然酵母(粉と水で作る酵母)は、1964年の創業時から続いているものだそうです。
そらにスローフード協会とタッグを組み、どうしてこんなに小麦アレルギーの人達が増えたかや、古代小麦の栄養価の高さと安全性などを消費者やマスコミにアピール。それにより、パーネ・ネーロは見事に復活しました。
現在では、カステルヴェトラーノのパン屋さんならほぼ100%パーネ・ネーロを作っているし、トラーパニでも古代小麦パンを作るパン屋さんがとても増えました。
「定年したら世界を周って、パーネ・ネーロのよさを伝えたいんだ!」と少年のような目で語るリッツォさん。もうすぐ定年を迎えるが、パンへの情熱はまだまだ衰えず。いつか日本でお目にかかるチャンスがあるかも?!
「トラーパニ発古代小麦とパンを巡る旅」では、このパン工房を訪ねます。ミスター黒パンが作り出すパーネ・ネーロを試食、そしてリッツォさんの熱い想いを語っていただきます!

佐藤 礼子

2005年よりイタリアの南の島、シチリア島在住。力強い大地の恵みと美しい大自然に魅せられ、シチリアに残ることを心に決める。シチリア食文化を研究しつつ、シチリア美食の旅をコーディネートする「ラ ターボラ シチリアーナ」を主宰、トラーパニで活動中。年に数回日本でも料理教室を開催。趣味は畑とオリーブオイル造り。

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