小さな幸せを大きな笑顔で呼び込むモンフェッラート

小さな幸せを大きな笑顔で呼び込むモンフェッラート

旅先で迷子になるのも、また楽し! 年恰好で見極めた人に「すみません……」と、声をかけてみる。イタリア北部ピエモンテ州にあるエリア・モンフェッラートでは多くの人が、振り返って「なんでしょう?」と優しい笑顔で応えてくれるはず。山岳部の厳しい自然の中で暮らす人にとっては、楽しいときやおかしいとき、ふっと笑みが沸くもの。モンフェッラートを照らす太陽の恵みが明日への心配をちょっぴり減らしてくれる分、住む人の心が大らかな気がします。

三日三晩走り続けて作られた、豊穣の国伝説

三日三晩走り続けて作られた、豊穣の国伝説

時はさかのぼり、10世紀。神聖ローマ帝国の初代皇帝オットー1世の最愛の娘が名もない騎士に恋焦がれ、果ては駆け落ちをします。それでオットー1世は、彼との婚姻を許します。そしてこの騎士に侯爵の位と「三日三晩馬で走り、囲った土地」を領土とすると約束しました。
容姿端麗で優れた素質をもつ騎士アレラーモは、3頭を使い、ピエモンテの丘陵地帯からリグーリア海を目指し一気に駆け下ります。ところが約束の期限が迫るそのときに、馬の蹄鉄が割れてしまいます。荒野のど真ん中、集落はなく鍛冶屋もない。そこで、れんがを蹄鉄の代わりに打って、走り続けました。れんがはピエモンテ方言で「Mun(ムン)」、鉄は「Frrha(フラー)」。この2つの言葉がつなげられて彼の侯爵領「モンフェッラート(Monferrato)」という地名の語源を生んだと伝えられています。
北はピエモンテの中央部から南はリグーリアまで。無数に連なるなだらかな起伏の丘を超え、森を林を越え、海が眼前に開けるとそれを背にして、今度は内陸へと広大な地域を走り続け、一つの国を生んだのでした。
現在のモンフェッラート地域は、ピエモンテ州アレッサンドリア県とアスティ県にまたがる、緑あふれる豊かな農業地帯となっています。

アルプスを背に太陽を抱く農業王国

アルプスを背に太陽を抱く農業王国

シチリアの灼熱の太陽とは違って、北イタリア北西部のこのあたりに降り注ぐ陽の光には、ほんのわずか手加減が加わります。それが畑で真っ赤に熟したトマトにも、ズッキーニにも、味わいだけでなく温かで不思議な活力を生みだしています。しっかり耕すことは大事ですが、何を植えても何を飼ってもすくすく育ってしまう。そうやってあっちの丘、こっちの森や林に、バラエティに富んだ農産物が生まれます。これらは、素朴でも一度食べたらやみつきになる逸品です。
ワインでいうならバルベーラ、グリニョリーノ、フレイザ、モスカート。家族の食卓で気の置けない友は、ニッツァ・モンフェッラートでほろ苦い冬野菜「カルド」を砂質な土壌に埋め返して甘みを増してやることを思いつき(カルド・ゴッボ)、穀類栽培も盛んで餌にこと欠かないから、牛の肥育も上手くなりました。
そんな上手い肉を余すところなく堪能できるのが、7種類の異なる部位の肉をゆで、7種類のソースで食べる「ボッリート」。さらに、子牛の内臓、骨髄からロース肉、果ては甘いお菓子やリンゴまで、あらゆる“おいしい”を揚げ続ける「フリットミスト」などの肉肉しい料理も生まれました。ランゲでは、ラビオリは小指の先ほど小さいけれど、モンフェッラートのラビオリ「アニョロッティ」は、舌の上でひき肉や野菜が楽しく遊ぶ、あったかパスタ料理。そして冬になれば、一度や二度は、カルド・ゴッボを始めとする土地で取れた野菜を、あったかソースに浸して楽しむおなじみのバーニャ・カウダにありつく機会に恵まれます。
ああ、モンフェッラートで口にできる“おいしい”は、尽きることがないのです!

太陽の恵みをオリーヴに搾る男と、仕事の自信を笑顔に変える女

太陽の恵みをオリーヴに搾る男と、仕事の自信を笑顔に変える女

『イタリア好き』のピエモンテ州号で紹介した、エクストラ・ヴァージン・オリーヴオイル生産者のヴァレンティーノ。「ピエモンテではオリーヴは育たない」と、リグーリアの人たちから散々言われてきました。それがある日、自分の地域で樹齢100年以上のオリーヴの木を見つけたのです。ピエモンテの冬は厳しいですが、モンフェッラートの風土ならオリーヴも育つ。この事実の虜になった彼は、この土地の風土に合う品種を探すことをはじめ、初のピエモンテ産オリーヴオイルの生産を始めます。そして、あの樹齢100年のオリーヴの木の挿し木を育て、優しくても芯のしっかりしたオリーヴオイルを生み出しました。その名も「Origine(=発祥)」。オリーヴ栽培の知識ゼロで始めた挑戦を支えたのは、彼の父・ピエロの農夫としての知恵と、モンフェッラートのテロワール(=風土)。  
ビエッラの老舗精肉店のモスカさんがひいきにする虚勢牛の肥育家グワスタヴィーニャさん一家は、自身もモンフェッラートの伝統的な肉屋さん。小さいながらも、どんな部位のお肉を買っても間違いがない。加えてお願いすると、木曜日だけ奥さんのテレーザが昔ながらの手作業で、完全に洗いきったトリッパを用意してくれます。「みてごらん、この素晴らしいトリッパを!どれをとっても完璧よ」と、はつらつとした笑顔で迎えてくれる。そう、あの道行く人の笑顔にも共通した、憂いなど微塵もなくて人なつっこい、旅人にも“いらっしゃい”と心のドアの向こうへ手招きしてくれるような、笑顔で。

岩崎 幹子

飾らない人たちこそ本当に素晴らしいものや味をその指先から生み出していく。見ているだけでワクワクするし、元気が出る。イタリアならではの人という宝を追い続けて20年。日本の皆さんと一緒に彼らを見つめ、作ったものに触れ、そして味わってもらいたい。そんな思いで楽しく水先案内人を務められたら思います。

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