ピエモンテの山の暮らしは水がカナメ!

ピエモンテの山の暮らしは水がカナメ!

旅の物語は、常に人が主人公とは限らない。ありふれたアングルだからこそ、見えてくるものだってあるかもしれない。ピエモンテの山深い地域なら、それは野路を上るあなたの足元に転がっている小石のきらめきだったり、そろりと頬にさわった白樺の小枝だったりするかもしれません。そして、その野路をさらに辿っていけば、早かれ遅かれ渓流を流れる水の音に耳をそばだて、その清さに目を見張ることになります。その水を口に含んで渇きを癒せば、川下で生み出す人の暮らしが見えてくるかもしれません。

限りなく柔らかな水がヨーロッパにもあった

限りなく柔らかな水がヨーロッパにもあった

舞台は、三方を2,000m級の山々に囲まれた小さな地域・ビエッラ。ある日、もと悪ガキ仲間二人で作った小さなミネラルウォーターの会社に、大手企業からの厳しい通告が届きます。「ラベルに表示されている硬度(水に含まれるカルシウムとマグネシウムの含有量)は、低すぎてあり得ない。そのまま表示を続けるなら、法的措置に訴える」
ありのままを記載したつもりの二人は、ならばと公的機関に硬度調査の実施を依頼したのでした。するとなんと!彼らのミネラルウォーターの硬度はボトルに記載された数値よりさらに低く、ヨーロッパ圏内で最も硬度の低い水だという結果を手にしたのです。仲良しの彼らは、イタリア人らしい茶目っ気で、しばらくラベルにこんな新しいキャッチフレーズを書き込んでいました。
“ヨーロッパで最も軽い水”
日本の柔らかな水に慣れた私たちは、ヨーロッパでは水道水は飲まない方がよいとアドバイスされることがあります。しかし、ビエッラの水の柔らかさは、例えば京都府山中の岩清水と同程度、四万十川流域で生産されるミネラルウォーターの半分に相当します。アルプスの固い岩盤からにじみだす水の軽さは利尿効果を高め、また、生まれたての赤ちゃんの哺乳にも良いとされています。実際にビエッラの水道水を沸かして緑茶を煎れると、日本で煎れるのと変わらないから驚きです。

水が吹き込んでくれる命

水が吹き込んでくれる命

その水があるからこそ、生み出されるものがビエッラ地域にはあります。それは、山の緑! リグーリアから上ってくる湿った空気は、険しいアルプス山脈の壁に当たる前に、まずビエッラのあたりで停滞し、一雨、そして雪を降らせます。土に含まれた雨や雪解け水が、牧草をにょきにょきと伸ばす原動力になります。柔らかく養分を多く含んだうまい草を生やすと今度は、各所で小川を作ります。牛たちはそんな草を食み、小川の水を飲み、良い乳を出すのです!
こうして夏の間、山に家畜を連れて行く農家の人たちの手で乳の香りたっぷりのチーズが次々と生みだされ、私達の食卓に届けてくれます。
さらに、無数の小川の水はあっちで合流、こっちで合流、やがて支流を作ってエルヴォ川やチェルヴォ川、オローパ川といった渓流に流れ込みます。ビエッラ地域では過去50年間に大きな水害に見舞われたことが2度ほどありますが、逆に水が枯れたことはありません。絶対的な水量は、人々からも次第に大きな動力として当てにされるようになりました。渓流に沿って、一つまた一つと大きな集落が形成され、人々は生業として毛織物を機で織ります。さらに川の水を引いて水車に連動させ動力にした織機が徐々に増え工場となり、そこで美しい織物が織られていったのです。

ビエッラの水なしにビエッラの町は存在し得ない

ビエッラの水なしにビエッラの町は存在し得ない

繊維を生む作業は、昔も今も根気がなくては難しいです。ビエッラの人たちが細かな作業で疲れた目をふと工場の外に向ければ、そこには豊かな自然が広がり、その目を癒してくれます。そうやって培われた色彩感覚が、今度はその目が生み出すテキスタイル・デザインをヴィヴィッドで新鮮なものにしてくれます。こうして「エルメネジルド・ゼニア」「ロロピアナ」「チェッルッティ」「ヴィターレ・バルベリス・カノニコ」といった、世界に名だたるウールメーカーが育ちました。
それで終わりかいって? いえいえ、まだありますよ、この水のありがたいところ。夏場は自然な水浴び場になるのです。猛暑の夏でも、渓流の激しい流れがあちらこちらに作った淵に飛び込めば、その冷たさに体全体が引き締まります。その水に3分間耐えられたら、あなたの勝利!ってくらいひんやりと冷たい水。寝苦しい熱帯夜でも、ぐっすり眠れるはず。あなたもビエッラの渓流に飛び込んでみませんか? 小さなマスたちと水中で戯れるのも、一興でしょう。

岩崎 幹子

飾らない人たちこそ本当に素晴らしいものや味をその指先から生み出していく。見ているだけでワクワクするし、元気が出る。イタリアならではの人という宝を追い続けて20年。日本の皆さんと一緒に彼らを見つめ、作ったものに触れ、そして味わってもらいたい。そんな思いで楽しく水先案内人を務められたら思います。

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